白亜系下部・手取層群から発見された哺乳類型爬虫類
瀬戸口烈司・松岡廣繁(京都大・理)・真鍋真(国立科博・地学)
 石川県手取川上流行きの下部白亜系・手取層群、なかでも石川県白峰村桑島の
”化石壁”は、豊富な植物化石を産出するほか、カメ類や小型爬虫類などの脊椎動物
化石の産地としても注目されている。当地域は、「手取川流域のケイ化木産地」として、
国の天然記念物となっている。現在、”化石壁”裏側を通すトンネル工事に際して、調
査団(団長:松尾秀邦・愛媛大学名誉教授)が組織され、その化石群の調査をおこなっ
ている。
 1997年夏の野外調査のおりに、手取層群から哺乳類型爬虫類のトリティロドン類(
三列歯類)の遊離歯が数個発見されたので、ここに報告する。
 哺乳類型爬虫類が日本で発見されたのはこれが最初である。また、哺乳類型爬虫
類はジュラ紀中期までに絶滅したと考えられていたが、極東地域では白亜紀前期まで
生息していたことが明かとなった。
 トリティロドンの仲間は、爬虫類でありながら、頬歯(後犬歯、postcanieteeth)にき
わだった形態学的特殊性が認められ、頬歯の形態にもとづいて系統学的取り扱いが
なされるユニークなグループである。臼歯の形態にもとづいて系統論を展開する哺乳類
の研究手法が適用できる、爬虫類のなかでは唯一の分類群なのである。
 手取層群からトリティロドン類が発見された直後の同年11月に、京都大学霊長類
研究所の文部省科学研究費補助金による海外学術研究、「東アジアのヒト上科の起源
と進化」(研究代表者:茂原信生教授)の現地調査に演者の瀬戸口と松岡が参加する
機会を得、その課程で中国産の主要なトリティロドン類の化石資料を比較検討するこ
とができた。
 手取層群から発見されたトリティロドン類の遊離歯は、すべて下顎の頬歯である。
上顎の頬歯はふくまれていない。頬歯の大きさは、中国産のトリティロドン類のうち、
大型のBienotherium,Bienotheroidesに近く、小型のLugengia,Yunnanodon Dianzhongia
よりもはるかに大きい。
 トリティロドン類の下顎の頬歯では、各咬頭が近遠心方向に二列に配置される(
上顎頬歯では三列に配置され、このグループの名前の由来となる)。頬側の列と
舌側の列は、Bienotheriumでは比較的に間隔が開いているが、Bienotheroides
では相い隣接する。手取層群のトリティロドン類の頬歯では、Bienotheroides
同様に頬側列は側列に近接する。さらに咬頭の配列のパターンにも明瞭な差異は
見い出せないので、手取層群のトリティロドン類をBienotheroidesと同属とみなして
よいものと考えている。